きのせみかの大和撫子な生活

清楚で慎ましく、凛とした女性を目指して・・・ 今日を大切に活きたい。

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自然の理法に従っていればうまくいく

自然の理法に従っていればうまくいく

 実際のところ、前にも言ったけど、自然の理法は、いっさいのものを生成発展させる力をもっておるんや。だから、素直な心になって自然の理法に従っておれば、うまくいく、成功するようになっておる。
 ところが、人間は、なかなかそうはいかんな。自分の感情に捉われたり、立場に捉われたり、地位や名誉に捉われたりする。一人ひとりの捉われが、喧嘩になり、争いになり、つまるところは戦争になる。
 もともと人間には、進歩発展する本質が与えられている。言葉を変えて言えば、平和、繁栄、幸福を実現する力が与えられておるんや。自然の理法に従って事を進めておったら、それで、ええわけやね。

 そういうことは、人間の長い歴史の過程を見たらわかるやないか。原始の昔から考えて、まあ、理屈は別として、発展の姿やと言えるんやないかな、素直に考えて。それが、うまくいかんというのは捉われているからやと。素直やないからやと。
 そうであれば、素直でないといかん。素直な心こそが、個人の幸せ、人間の幸せに、また人類に繁栄と平和をもたらすものであると、わしはそう考えるんや。
 だから、わしの言う、素直な心というのは、他人の言うことに、なんでもハイハイと答えるということを言っておるんではない。それは、本当の素直ではないと。本当の素直は、自然の理法に対して、本来の正しさに対して、素直であると。そういうことやな。

 自然の理法に従えば、と言うたけどな、それは自然の理法に従うということは、大変な努力が要る。それは、きみ、わかるやろ。
 自然の理法はやるべきこと、なすべきことはやっておるわね。早い話が、お日さんはきちっと東から出る。そして西に沈む。春が来て、夏が来て、秋が来て、そして冬が来る。
 人間のやるべきこと、なすべきことをしっかりとやれるかどうか。逆になすべからざることは絶対にやらんと。そういうことが出来るかどうかということになってくると、自然の理法に従うというのは、そう易しいことではないわな。そやろ。きみも、なかなか難しいと思うやろ。

 まあ、わしはそういうようなことを、自ら考えながら今日まで、不完全ではあるけれど、やってきた、心がけてきた。まあ、宇宙万物自然というものが、わしの先生でもあったわけやな。



経営の枠のなかだけで考えたのではない

 わしの経営についての考え方は、経営というひとつの枠のなかだけで考えたのではない。わしはいつもその枠を越えて、宇宙とか自然とか、そういうものに考えを及ぼし、そこで得られたわしなりの結論を経営に応用したんや。
 だから、経営についての考えは、わしの全体の考えの一部であって、全体ではない。みんな、わしのことを経営の神様と言うけど、わしが今日まで考え続けてきたのは、宇宙のことであり、万物のことであり、自然のことであり、人間のことであるんや、ほんとうはな。

 そういう考えが十分に世間で通用するかということは、これは別や。しかし、少なくとも、わしは自分なりに考えて正しいやろうなと思っておるけど、ともかく、わしは経営をやりながら、つねに人間の本質はどういうものか。人間の幸せとはなにか。宇宙の本質はなにか。自然の理法とはなにか、ということを考えてきた。天地自然のなかに繁栄の原理を探してきた。これがわしのやり方やった。それで、それなりに成功したわけやな。けど、こんなことは、きみ、誰にも言わんでええで。

 前にも言うたけど、庭の左奥に根源さんの小さなお社があるやろ。あれは神様でも仏様でもない。一応はお伊勢さんの内宮の形をしておるけどな。あれはわしが勝手につくった。あのなかには、なんも入っていない。わしの考え方が入っておるだけや。根源という考え方が入っておると。
 あそこへお客さんを案内すると、必ず、根源さんというのはなんですかと聞かれるな。あそこでいちいち説明せんといかん。それがあの場所では面倒やなあ。きみ、案内しておって、やはり聞かれるか?そやろうな。



根源という考え方を持った理由

 どうして根源という考え方を、わしが持ったか。それはな、こういうことや。考えてみれば不思議やろ。わしのような、一般的には、なんも恵まれておらなかった者が、一応の成果を上げ得たということ。
 きみ、うちの会社の売上金額は、東南アジアの国々の国家予算よりも大きいのやないやろうかなあ。それほどまでに大きくなった。実力のない自分が実に不思議やなあと、わしは思ったんや。そやろ。

 正直言うと、なぜこうなったのか、それらしい説明は、さっき言うてみたけどな、本当のところの理由は、わしにも、ようわからんのや。しかし、こうなったと。世界的な会社に伍する会社をつくることができたと。
 けどね、わしの実力があったからではないと思うんや。運というか、たまたまこういうふうになったのやないか。ありがたいと。そう思うんや。

 それで、あるとき考えた。ならば、自分をこういうふうに存在させてくれたものに、感謝せんといかん。誰がわしを存在させたんか。考えたら、それは両親やと。これはわしの両親に感謝せんといかんと、そう思った。
 しかし、それでは、わしの両親はどうして存在したのやろうか、とすぐ思った。それはそのまた両親からやと。うん、わしのおじいさん、おばあさんやな。しかしそのおじいさん、おばあさんたちはどうなのか、というと、そのまた両親からということに、当然、なるわね。
 それでは、その両親は、ということで、どんどん考えていったら、ついには人間の始祖にたどり着いた。そこで、わしという人間は、初めての人間から連綿と血がつながっておるということに思い至ったんや。

 わしだけではない。きみもそうやで。人間みんな始祖とつながっておる。とすると、今日、わしがこうして存在しておることに対しては、両親や、そのまた両親に感謝せんといかんということは、もちろんのことやけど、初めての人間、始祖やな、始祖に感謝せんといかんと。そう思った。
 ところがふと、それでは初めての人間はどこから生まれてきたのか、と思ったんや。いろいろ考えたけど、今度はそう簡単に答えは出てこん。ずいぶんとあれやこれやと思い巡らした結果、人間は宇宙の根源から、その根源の持つ力によって生み出されたんやと、うん、突然そうひらめいた。



根源から生み出されてきた

 そうや、宇宙の根源から生まれてきたんや。それは人間だけではない、宇宙万物いっさいが、この根源から、その力によって生み出されてきたのだと考えた。実際にそうかどうかは、わしはそのころ生きておったわけやないから、わからんけど、そう考えるほうが便利がいい。
 その根源の力に、ひとつの決まりがある。それが自然の理法というもんやな。そして、その力には宇宙万物すべてを生成発展せしめる力があると。前に自然の理法は生成発展やと言うたのは、こういうことやったんや。

 まあ、いずれにしてもそう考えてくると、今日わしがここに存在しておる、その源をたどれば、はじめての人間を通り越して、宇宙の根源までにいたるわけやな。そうすると、ここに存在している、存在出来ていることへの感謝の思いは、実にこの宇宙の根源に対してでなければならんということになったんや。きみ、わかるか。それでわしは、あのお社をつくった。
 そして毎日、朝起きてご先祖さんのお位牌に手を合わせるとともに、このお社の前に来て、円座に座って、手を合わせることにしたんや。うん、今日ここに自分が存在していることへの感謝やな、ありがとうございました、ありがとうございます、とそういうことや。あの根源さんのお社は、わしの、宇宙根源に対する感謝表明の場所でもあるわけやな。
 あのお社を置いたときには、ずいぶんと大きい感じがしたけどな、周囲の木が大きくなったから、ちょうどようなったな。まわりの景色に溶けこんで、小さいながら荘厳な雰囲気が出て、エッ?思わずお賽銭でも?そりゃ、きみ、いくらでも出してくれてかまへんよ。

 しかし、きみも、自分がそういう宇宙根源から、そして人間の始祖から連綿とつながっておると思えば、自分の値打ちの重さを感じるやろ。みんなそう感じて自分の人間としての重さを自覚することが大事やな。



松下幸之助「経営で成功する秘訣は素直さだ」(東洋経済オンライン)
http://toyokeizai.net/articles/-/148519

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 この松下翁の説は、神道の真髄の一部を平易な言葉で表された名言といえるでしょう。
 翁の言葉を古神道の用語に置き換えるならば、「自然の理法」は「造化三神の御心」、「素直」は「魂魄清明」、「捉われている」は「魂が魄に制せられている」、「宇宙の根源」は「天之御中主神」、「人間の始祖」は「伊邪那岐・伊邪那美神」となり、また「自然の理法に従って自らの天命を果たすべく勤める」ことを「惟神道(かむながらのみち)」、或いは「神仙道(かみならうみち)」と申します。



<関連>
人生を幸せに全うするための鍵は「あかき心」
http://kinosemika.blog134.fc2.com/blog-entry-3742.html

<参考>
人間の本性は善か悪か?(日本古学アカデミー)
http://www.nihonkogaku.com/content/report.cgi?co=15

天地万物造化のはじまり(日本古学アカデミー)
http://www.nihonkogaku.com/content/report.cgi?co=30

神道宇宙観略説(1) -宇宙の大精神-(日本古学アカデミー)
http://www.nihonkogaku.com/content/report.cgi?co=210



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Author:紀瀬美香
古学(国学)・古神道研究家。
日本古学アカデミー代表。

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