きのせみかの大和撫子な生活

清楚で慎ましく、凛とした女性を目指して・・・ 今日を大切に活きたい。

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10%での人事の尽くし方いかんによって、90%の運命の現れ方が異なってくる

 精いっぱい、努力をしたにもかかわらず、うまくいかないときがある。ふと隣を見ると、楽々と成果を上げている人がいるようにみえる。
 なぜこんなことになったのだろうか。努力が足りなかったわけではない。運命というものがあるのだろうか――。人生には、そんな苦い思いを抱くことが多かれ少なかれある。


■ やはり90%が運命やな

「今日までの自分を考えてみると、やはり90%が運命やな。電気の仕事をやるにしても、わしがもし大阪でない、別のところにいたらどうであったか。電車を見ることもなかったから、電気の仕事をやろうと閃くこともなかったやろうな。
 たまたま大阪の街に出ておった。特にとりたてて力のない平凡なわしが、一応仕事だけでも成功したということを思えば、なおさらのことやな。そういうことを考えてみると、人間はほとんどが運命だとつくづく感じるな。そういう幸運に、わしは心から感謝をしておるよ」
 こう、松下はよく言っていた。

 そのような考えに反対する人もいるだろう。人間には運はない。すべてがその人の努力と、実力である。努力が人生のすべてを切り開くのだ、と考える人もいるだろう。そこまで言わずとも、努力が大きい、運命は小さいと考える人も多いだろう。
 しかしそういう考え方をすると、人間は努力すれば必ず成功する、ということになる。だが、現実は決してそうではないのだ。人生、すべておのれの意のままに動かせるということはありえない。

 成功するためには努力しなさい、という。そして、一生懸命努力をしたとしよう。あの人と同じように努力した、それなのにあの人は成功したが、自分は失敗した、そういう場合もある。決して努力が足りなかったとは言い切れないことがある。ひとつの運命として考えるしかない。やはり人間は、ひとつの運命をそれぞれ担っているのである。
 しかし、それならば、努力しなくてもいいのか。汗を流さなくてもいいのか。それもまた、間違いであろう。

「運命が90%だ、ということは残りの10%が人間にとっては大切だということになる。いわば、自分に与えられた人生を自分なりに完成させるか、させないかという、大事な要素なのだということや。ほとんどは運命によって定められているけれど、肝心なところはひょっとしたら、人間に任せられているのかもしれん」

 日本人として生まれたのも、この時代に生まれたのも、決して自分の意思ではない。生まれた家も、環境も、いわば運命である。もっと恵まれた環境に生まれていれば、と思いたくなるときもある。しかし松下幸之助は、ほとんどなにも持たない境遇の中から出発して、大きな成功をおさめた。

「たとえば船があって、自分が大きい船か、それとも小さい船か。それぞれの人にとってそれはひとつの運命かもしれないが、肝心の舵のところは人間にまかせられている、ということやね。無事にその船が大海を渡り、目指す港に着くことができるかどうか。残りの10%がその舵の部分であるということやな」


■ 鷹は鷹なりに、スズメはスズメなりに

 鷹がスズメになろうとしても、スズメが鷹になろうとしても、それは運命であって、変えることはできない。そこは見極めなければならない。しかし、鷹は鷹なりに、スズメはスズメなりに一生懸命生きる努力はしなければいけない。そこに、それぞれがそれぞれなりの成功をする道も開けてくる。運命と努力とはそういうものである。

「だから、運命が90%だから努力しなくていいということにはならんね。けれども、努力したから必ず成功すると考えてもあかんよ。しかし成功するには必ず努力が必要なんや。
 つまり、舵となる10%での人事の尽くし方いかんによって、90%の運命の現れ方が異なってくる。生き方次第で、自分に与えられた運命をより生かし、活用できるというわけやね」

 松下は、物事がうまく運んだときは「これは、運がよかったのだ」と考え、うまくいかなかったときは「その原因は自分にある」と考えるようにしてきたという。これは人生の知恵として、理想的なバランスの取り方であると思われる。

 自分の人生にはどうにもならない面があるとはいえ、おたがいにとって大事なのは10%の部分において精いっぱいの努力をするということである。そう理解していれば、自分に与えられた人生を謙虚に受け入れ、あくまで坦々とした大道を行くがごとく、力強く歩いて行くことができる。
 誠実に努力を積み重ねていくことが基本であり、それを先行させることである。



松下幸之助は「運命が90%」と考えていた(東洋経済ONLINE)
http://toyokeizai.net/articles/-/99127

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 いくら努力をしても成果がすぐに現れないことは往々にしてありますが、それは努力が足りないか、努力の方法が誤っているか、または成就する時期が訪れていないからでしょう。
 古神道では、天地自然の摂理に通じて義理を守る人は、必要なものが必要な時に必要なだけ与えられるとされており、すぐに成果が出ないからといって焦ることや憂慮することを戒められています。

 「人事を尽くして天命を待つ」とは、「人間的努力を尽くした後は静かに天命に任せ、(事の成否は人智を越えたところで決定されるので)、結果がどう出ても悔いはない」という心境を表していますが、そのような心で生活することを神道用語で「随(まにま)に生きる」と申し、また「随神(かんながら)の道」も同義です。

 松下幸之助翁はまた、「私は死の直前まで、運命に素直に従いたい」とも述べられていますが、世に大功を立てられる御方に共通しているのは、人智を超えた大いなる存在に対する畏怖と感謝の心を持っていることで、神前で奏上する祝詞に「恩頼(みたまのふゆ)を拝(おろが)み奉る」とあるのもこの心を表しています。



<関連>
なぜ長寿企業には神棚があるのか?
http://kinosemika.blog134.fc2.com/blog-entry-3030.html

<参考>
幸福な人生をおくるために(日本古学アカデミー)
http://www.nihonkogaku.com/content/report.cgi?co=63



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紀瀬美香

Author:紀瀬美香
古学(国学)・古神道研究家。
日本古学アカデミー代表。

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