きのせみかの大和撫子な生活

清楚で慎ましく、凛とした女性を目指して・・・ 今日を大切に活きたい。

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晩年を讃岐国で過ごした静御前

昨日、さぬき市役所に行った際に、『源義経が愛した静御前の生涯』というパンフレットが偶然目に止まりました。それによると、何と静御前は晩年をさぬき市で過ごしたそうです。

その後、別の用事で車を走らせていると・・・何と静御前が得度した際に剃髪した「長尾寺」の案内板を見つけました。
下の画像は長尾寺の境内にある静御前の剃髪塚で、彼女が落とした髪が納められているそうです。

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長尾寺のすぐ近くにある鼓渕。義経への想いを断ち切るため、形見の「初音の鼓」を流し捨てたといわれる地です。
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母・磯禅師は鎌倉での悲劇以来、静御前の自殺を心配して片時も傍を離れず、義経の死後、京へ帰ることを許された二人は嫌な思い出を断ち切るため、母の故郷である讃岐国へ渡ることにしました。
その磯禅師のお墓です。

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二人が住んだ庵は今も鍛冶池のほとりにひっそりと建っています。
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そして京で静御前親子を世話していた侍女・琴路が訪ねて来て、三人で祈りの生活を始めました。
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この庵は義経から貰った薬師如来を祀っていたことから「お薬師さん」と呼ばれていたそうです。
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やがて母・磯禅師は長尾寺に参詣した際、疲れと寒さで倒れてそのまま亡くなったのですが、母に先立たれた静御前もまた体調を悪化させ、二十四歳という若さでこの世を去ることになり、一人残された琴路も生きていく望みを無くし、鍛冶池に身を投げたことが伝えられています。
(静御前のお墓の右側には大山祇神が祀られていました。)

2014090814110000.jpg

帰路、たまたま神社があったので参拝しました。この男山神社は京都の石清水八幡宮から勧請されていますので、つまり源氏の氏神社であり、また静御前の産土社と思われます。
男山神社

当初はこんな予定ではなかったのですが、私も以前、鎌倉の由比ヶ浜に住んでいた時に同じような経験をしたことがあり、何とも感慨深い一日となりました。



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静御前 

静御前は若くして亡くなったんですね
  • posted by ndreambox 
  • URL 
  • 2014.09/26 06:36分 
  • [Edit]

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プロフィール

紀瀬美香

Author:紀瀬美香
古学(国学)・古神道研究家。
日本古学アカデミー代表。

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