きのせみかの大和撫子な生活

清楚で慎ましく、凛とした女性を目指して・・・ 今日を大切に活きたい。

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大和の聖地を巡る

昨日のエントリーの続きです。


この日は早朝に石清水八幡宮に参拝しました。
この神社は清和天皇の貞観元(859)年、南都大安寺の僧・行教和尚が宇佐八幡宮に参籠した際に「吾れ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」との御託宣を蒙り、男山の峯に御神霊を奉安したのが起源とされています。
(この地は、白熱電球を発明したエジソンが、京都八幡の「八幡竹」を用いて成功したことでも知られています。)

石清水八幡宮本殿


本宮の東の山中に鎮座する古社・石清水社で、ご祭神は天之御中主神。
八幡神が勧請される以前からある社で、恐らくは北天に鎮まる神々が祀られていたものと思われますが、社殿の前に井戸があることから、元は水神も祀られていたことが窺われます。

石清水八幡宮・天之御中主大神


次に参拝したのは河内国一宮・枚岡神社。本殿を拝した後、奥宮へ。
枚岡神社奥宮入口


社伝によると、神武天皇紀元前三年(神武天皇御即位の三年前、紀元前663年)、神武天皇の侍臣で中臣氏の祖・天種子命(あめのたねこのみこと)が天皇の命で神津岳の頂に祖神の天児屋根神を祀ったのが創建とされていますが、奥宮は北西を拝するようになっており、さらに太古の昔は、この地で北天の神々を祀っていたのでしょう。
枚岡神社奥宮


最後に堺市の出雲大社大阪分祠を拝して今回の旅は終了となりました。
出雲大社大阪分祠


太古の日本人は、遥か遠い山中の聖なる地を感得し、道なき道を踏み分けてそこに至り、神秘の神事修法を行っていたのでしょうが、現代人が失ってしまったある種の感性(霊感)を備えていたことが窺われます。

『古事記』や『日本書紀』などの神典の趣旨が分からなくなってしまったのも、そのためと思われますが、「世は変われども神は変わらず」という言葉が八幡大神の御託宣として石清水八幡宮に伝えられています。



<関連>
「アニミズム」は野蛮なもの?
http://kinosemika.blog134.fc2.com/blog-entry-2015.html

編纂者・太安万侶が伝えたかった『古事記』の趣旨
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エジソンが生涯をかけた研究は「死者と交信する装置」だった!?
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プロフィール

紀瀬美香

Author:紀瀬美香
古学(国学)・古神道研究家。
日本古学アカデミー代表。

日本古来の大和心(清明心)をもう一度復活させましょう!清楚で慎ましく、凛とした大和撫子を目指して・・・
今日を大切に活きたい。

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