きのせみかの大和撫子な生活

清楚で慎ましく、凛とした女性を目指して・・・ 今日を大切に活きたい。

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平家の里・横倉山

先週末は高知県に行って参りました。

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台風の影響で大荒れの天候でしたが、ある聖地を拝して大和心の復活を祈念申し上げました。
その後、予定にはなかったのですが、あることがきっかけで急遽横倉山へ登ることに…



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横倉山は標高774mの山で、八合目あたりに鳥居があります。


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急な階段が続く山道を歩いて行くと、樹齢数百年の杉の巨木が鬱蒼と茂る中に杉原神社がありました。


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杉原神社のご祭神は伊邪那岐・伊邪那美二神ですが、本殿の右奥には平家之宮があり、困難な放浪の果てにここまで辿りついた平氏83名のうち、氏名が判明した78名の名が合祀されています。

一般的な日本史では、壇ノ浦の戦いで平氏軍は源氏軍に敗れ、最期を覚悟された安徳天皇は、小さな手を合わせて伊勢神宮を遙拝し、侍女に抱かれて急流に身を投じたとされていますが、横倉山に伝わる伝承では、屋島の戦いで敗色濃い平家が、安徳帝に平知盛らの従者をつけて密かに脱出させ、祖谷渓谷をはじめ四国各地を遍歴し、最後に辿り着いたのがこの地とされています。


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杉原神社から山道をさらに1キロほど登ると横倉宮がありました。


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横倉宮のご祭神は安徳天皇です。
地元の人々の援助もあって天皇はこの地に隠れ住み、再起の日を祈り続けられましたが、正治二(1200)年八月八日に崩御され、御年23歳をもって悲運の御生涯を閉じられたと伝えられています。

約800年ほど昔の日本で、このような歴史上の大変革があったことを想いながら、翌日はさらに深山へと向かいます。



-------------------(続く)



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プロフィール

紀瀬美香

Author:紀瀬美香
古学(国学)・古神道研究家。
日本古学アカデミー代表。

日本古来の大和心(清明心)をもう一度復活させましょう!清楚で慎ましく、凛とした大和撫子を目指して・・・
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